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Ⅲ―17「新しい音の世界へ」

2012/01/01 21:59

 

 

 

Ⅲ-17「新しい音の世界へ」

   

 

音楽家や演奏家の方々。

刺繍を習ったことはありますか?

 

刺繍は幾何学です。

四角と三角形の組み合わせ。

 

でも、刺繍教室では、いくつかのやり方を教えますが、幾何学を教えることはありません。

 

1つ間違えて点を5つにするともう収拾がつかなくなります。

でも、34をかけた125倍の605で割り切れるように、どこかでぴったりと結びつきます。

ある発想にもとづいた形の刺繍の編み方は、一つではきっとありません。

たくさんのやり方があるはずです。

 

*-*-*

 

ここは、ブルース巡礼の旅。

ブルースって。何?

多くの演奏家は言います。

「半音下げたヒネリだよ。」

って。

果たしてそうでしょうか。

ブルースの音階は、アメリカの音楽界と日本の教則本で違っていたりします。

どれが正しいのでしょう。。。

 

アメリカ本場のミュージシャンや愛好家の間でも、スケールやコードの解釈が違っていたりします。

でも、それらは違っていても、「正しい」と言えることに気が付きました。

 

それぞれが、音階の根源である「ピタゴラスの原理」から生まれる幾何学的な模様の一部だということに。。。

*-*-*

ブルースやジャズは、決してやみくもにあてがわれた音階やコードでできているわけではありません。

わたしたちは、バッハ以降、「平均律」という魔法の世界にどっぷりと漬かってしまって、音階が持つ限界とコードのバリエーションの制約を忘れてしまったようです。

 

何も教えられなかった階層の人々が、耳だけを頼りに、いろいろな試行錯誤を繰り返して編み出した「刺繍」は、やがて幾何学的な美しいピタゴラスの世界へと接近していったことでしょう。

 

このことに立ち返ることは、音楽の作り方、即興の仕方、合奏の仕方、ベースラインの作り方、コードの解釈や編曲に革命を起こすことでしょう。

音群をどのように整理して解釈するか。。。が問題です。

 

 

あるスタンダードジャズのピアニストが言いました。

「この楽譜のコードはいい加減だ。」

 

でも、ピタゴラスは言うことでしょう。

「驚くことではない。それは幾何学的な組み合わせの選択の問題に過ぎない」と。

そうではなく、どんなフレーズも、そこにあてがわれるさまざまな異なるコードは、ピタゴラス音群の中のいくつかの音の組み合わせに過ぎないのです。

 

 

今や、さまざまンミュージシャンが複雑なコードや音階を駆使して、新しいサウンドを作り出しています。

 

あるジャズ評論家は、新進気鋭の新しいコード進行や転調を評してこういいました。

「すばらしい。こんなことができるなんて天才だ。どうしてこんなことに気がつくのだろう。」

 

 

ピタゴラスは言うでしょう。 

「それは音階の根源から生まれる幾何学的な延長線の上にある当然の成り行きだ」と。

それを気づかせてくれるのが「ピタゴラス音階」がもつ振動数のさまざまな基本定理です。

 

 ***

 

音楽は、楽譜を頼りに左と右を別々に覚えるようなものではないはずです。両手の音群から自由に組み合わされる「自由自在の刺繍」のようなものです。

 

もっと自由に、音楽を楽しみ、新しい音を生み出すことができるはずです。

 

 

これから少しずつですが、そのことをお話ししていきたいと思います。

 

どうぞよろしくね?

 

 ***By みお***

  ― Jan.1, 2012

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Ⅲ―16「ポリコードとピタゴラス定理」

2011/10/22 15:59

 

Ⅲ―16「ポリコードとピタゴラス定理」

 

 現代のジャズでは、三つの音からなる三和音(triad)が単純な元の形や転回で用いられることはほとんどなく、いくつかのその他の音が重ねられて「ポリコード」で使われることが多い。

 三和音の上にどのような音を加えても、あるいは和音の構成音(要素)の位置を変えた転回形でも、和音の響きの性質が変わらないのはなぜでしょう。

 

ピタゴラスの定理1「三和音の構成音の中で最も支配的な音は、根音(root)です。」

 

 三和音の構成音のうち最も低い音は、何を支配するのでしょう。

和音の響きでしょうか。。。いいえ、CCmは響きが違います。

 支配しているのは、一つは次の和音との関係(カデンツ)です。もう一つは根音の上に積み上げられるポリコードの構成音との協和の良し悪しです。

 

ピタゴラスの定理2「和音の響きを決定しているのは、音の距離です。」

 

C(c,e,g)Cm(c,u,g)の違いは、第3音のeとかu(e)です。

 

ピタゴラスの定理3「ポリコードは、根音の5度下の音と仲が悪い。」

 

C(c,e,g)のポリコードC(c,e,g,b,d)c5度下のfを含みません。

C調{0/   }のコードCfを避けるというのはよく言われていることですが、実際の多くの曲やアドリブでは自由によく使われています。あくまでも一つの塊としてポリコードとして同時に鳴らすと協和するかという意味です。

 では、aはどうでしょう。これも大丈夫です。

 

ポリコードC(c,e,g,b,d,a)もよく協和しています。

 

 

 

 F(f,a,c)はどうでしょう。

Fの場合、F(f,a,c,e)F9(f,a,c,e,g)F9,11(f,a,c,e,g,b)F9,11,13(f,a,c,e,g,b,d)F9,11,13,15(f,a,c,e,g,b,d,f)で、元のfに戻ります。ダイアトニックスケールの7つすべての音がFに協和します。

 

 なぜでしょう。マジックではありません。

 

 {0/   }の音階を作る初めの起音がfだからです。それより5度下の音がないからです。もちろん五度下の音t(b)は鍵盤の12音の中にありますが、fから始まるピタゴラス12音階の最後の#aではありません。違うものです。

 

 さて、G(g,b,d)はどうでしょう。

同様に音を重ねていくと、G7,9(g,b,d,f,a)もよい響きです。

 その上にcはどうでしょう。ダメです。

では、eなら?

 G7,9,13(g,b,d,f,a,e)もとても美しい音です。

 Gcはダメなのは、ピタゴラスの定理3「ポリコードは、根音の5度下の音と仲が悪い」に沿っています。

  

 もちろん、Gのコード上で、音階の要素としてのcの音が旋律の中でしばしば使われているのは当然ですが、ポリコードとしては協和しないということになります。

  

 すなわち、fを起音とするピタゴラスの12音階の音列(Py on f) {f,c,g,d,a,e,b,o(#f),i(#c),x(#g),u(#d),t(#a)におけるポリコードでは、

隣同士の音には、

  

   Tone (n-1)Tone(n)

 

が成り立っています。初めに造られた音が強いのです。弱い上の者に強い下の者がくると、会社の人間関係がおかしくなるものです。でも、一緒の屋根の下。

  

F(f,a,c)は自分より強い者がいないから誰とでも仲良くなれる。

C(c.d.g)は強いfがいると雰囲気が壊れそう。

G(g,b,d)gより強いcがくると仕事にならない。

  

 もちろん旋律ではよく使われています。これは、たまたまの流れで、強いいやな奴がたまに机の前を横切ってもスルーできるということかも。「あれ。何いまなんか通りませんでした?」「さー」みたいに。

  

 では、そうした嫌いな奴の向こう隣りとの仲はどうでしょう。

 これは、仲良くしないと。。。ダメでしょ。人間関係。地域社会。

  

 G7(g,b,d,f)では、ピタゴラス音列でgの隣のcを飛び越えたもう一つ下のfと仲がいい。

 D7(d,o,a,c) では、ピタゴラス音列でdの隣のgを飛び越えたもう一つ下のcと仲がいい。

 E7(e,x,b,d) では、ピタゴラス音列でeの隣のaを飛び越えたもう一つ下のdと仲がいい。

 A7(a,i,e,g) では、ピタゴラス音列でaの隣のdを飛び越えたもう一つ下のgと仲がいい。

  

ということで、

ピタゴラスの定理4「7thは、根音と仲がいい。嫌いな隣をはさんだお隣りさんだから。」

 

これを、ρ3/2の振動数比で考えると大変なことが起きます。

 

何が大変。。。って、「綺麗すぎて。まばゆくて。」「わ~。」です。

 

。。。あなたも、モーツアルトになれる。。。

 

。。。つづく

 

 ***By みお***

 ― October 22, 2011

 

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Ⅲ―15「モーツアルトの即興の秘密」

2011/10/19 14:48

 

 

Ⅲ―15「モーツアルトの即興の秘密」

 

 

 

 

モーツアルトは、大切なことをこの世に言い残すことなく亡くなったはずです。

 

彼の作品は数多く、いまもなお、多くの人々に愛されています。ひとつひとつの音の横のつながりを「旋律」といい、縦の構造を「和音」と言うようになって、音楽の作り方が大きく変わったようです。

 

和音というテーブルの上に、料理や小物を載せるようにいろいろな音を比較的自由に並べていくと音楽ができます。土台の上に並べる音はかなり自由ですが、何か規則性のようなものを感じることができます。そして、テーブルから他のテーブルに移る時、大きな変化が起こります。

 

モーツアルトは、一つのテーブルから他のテーブルに移っても、多くの場合、料理や小物は一見一つの箱の中から自由に取り出して並べているように聞こえます。並べ方の大きな規則は、和音の構成音を比較的多く使うこと、長めの音は構成音であることです。彼は、現代のフォークシンガーたちが旋律を作る時と同じように、すでにこれを無意識にやっていたようです。

 

和音の構成音は、和音と調和するのは当然ですが、他の音には調和しやすい音とそうでない音があることは、鍵盤で遊び始めたころにすぐ気が付くことでしょう。

 

さて、モーツアルトは、調和しやすい音と、調和しにくい音をどのように分けて考えていたのでしょう。

 

モーツアルトは、作曲家であると同時に、即興演奏の名人だったことでしょう。複雑な理論が必要だったとは思えません。なぜなら、子どもたちがそばで騒いでいる中でのピアノです。

 

単純な「何か」が隠されているはずです。この秘密を彼はのちの世に伝えることなくこの世を去ったのです。

 

その秘密は、ピタゴラスさえも気が付かなかった「ピタゴラスの音階の作り方」から導かれる「定理」にあるのでは。。。

 

その定理とは。。。

 

。。。つづく

 

***By みお***

October 18,2011

 

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Ⅲ―14「左右いっしょの世界」

2011/10/15 07:02

 

  

  

Ⅲ―14「左右いっしょの世界」

   

  

 

 モーツアルトの秘密とは、いったい何でしょう。。。

 

 

 

  

 

 それは、ピアノの左右の手は、左手と右手があたかも違う人の手であるかのように、動き出すことができるということです。

 

 

 

  

 

 なぜ、そのようなことができるのでしょう。

 

 

 

  

 

 普通、初心者がピアノ曲を練習するとき、多くの場合、まず右手(旋律)を覚えます。次に、それとは別に、左手を覚えます。それから、左右を合わせようとします。また、ある初心者は、左手と右手を楽譜通りに、いっしょに覚えます。

 

 

 それぞれのやりかたは、道理にかなっています。でも、多くの愛好家は、初めは音符をなぞることに熱中し、ある程度まで上達しますが、ほとんどが脱落していきます。なぜでしょう。飽きたから?

  

 

 いいえ。たいへんなんです。

 

 

 そーゆーやりかた。

  

 

 モーツアルトの頭の中は、きっと左も右もありません。

 

 

 毎日子供たちに囲まれて、すいすい音符を書いていきました。

 ピアノに向かってじゃんじゃん弾きまくりました。

  

 

 でも、これもまたけっこうたいへん。ご近所が。

 

 

 だって、うるさいし。騒ぐし、物は投げるし、走るし、喧嘩するし、泣き出すし。。。

だれが。。?こどもたちが。しまいには奥様が出てきて。。。なんと言い出したか。歴史には残っていませんが、みなさん。容易に想像できることでしょう。

  

 

 料理中の奥様:「みんな。いいかげん静かにしなさい!」

 

 

 

 モーツアルトとその子供たち:「???」

  

 

 

 ***By みお***

 

 

 ― October 15, 2011

 

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Ⅲ―13 「モーツアルト音階の秘密」

2011/10/10 07:37

 

 

Ⅲ―13「モーツアルト音階の秘密」

  

 

むかし、モーツアルトという幼い子がいました。

その子は生まれて間もなく、鍵盤を弾きました。

すぐに曲を作り始めました。

 

右と左を自由に、あたかも二つの手が別々に生まれたかのように。。。

 

何故そんなことができたのでしょう。

 

***

 

答えというものは、いつも、いったん見つかると簡単です。

その子は、そのころまだ誰も見たことのない音階の「秘密」を見つけたのです。

彼はたくさんの曲を書き残しましたが、その秘密を次の世代の人々に伝えぬまま、この世を去りました。

 

その秘密とは。。。

 

。。。つづく

 

***By みお***

October 10,2011 

 

 

 

 

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Ⅲ―12「ギリシャからの贈り物」

2011/10/02 19:04

 

Ⅲ―12「ギリシャからの贈り物」

  

古代のピタゴラスは偉大です。

でも、その偉大な発見は、長い間、人々に知られることなく、一部の人たちが密かに受け継いできたものでした。

  

でも、いまや誰もが、その気になりさえすればそこにある音階。

ピアノや弦楽器、サックスやギター。

  

わたしたちは音楽の世界に囲まれています。

  

でも、あなたは本当に、音楽を楽しんでいますか?

  

指の使い方や姿勢。練習曲の選び方。。。  

ピタゴラスの音階は教えているかもしれません。

そういうことではないって。

  

音楽に目覚めたあなたは、目覚めたとき、そのとき自由を手にするのです。

  

ソナチネを綺麗に弾くことではありません。

 

「目覚めること」。それこそが、本当の「自分の音楽」の発見の第一歩なのです。

   

   

   ***By みお***

             Oct. 2, 2011

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Ⅲ-11「ピタゴラス断食奏法」

2010/09/03 20:57

 

-11ブルーノートの起源part5

  

  

「ピタゴラス断食奏法」

 

    

 

 ブルースやジャズでは、テーマとなる旋律を自由にインプロビゼーション(変形や修飾、その発展的展開)するのは、演奏家として当たり前の姿勢であると考えているようです。したがって、クラシック音楽のように事細かに楽譜で指定された和音転回や、編曲を忠実に守ることは決してしません。

 

 これまでにさまざまなミュージッシャンが確立した独創的インプロビゼーションや演奏技法が、いろいろな形でその後に影響を与えています。

 

 ブルースやジャズでは、「だれもが馴染みのある歌」のテーマを借りてくることはあっても、そのインプロビゼーションは本来、千差万別です。ブルースやジャズの考え方も、音楽の自由さと同じ数だけたくさんあると言ってもいいでしょう。

  

*-*-*

  

 その中でも、最もポピュラーな形のジャズとは。。。何でしょう。

  

 誰しもが標準的なものを求めるとき、学校のような訓練所が必要になってきます。よりポピュラーな技法を要領よく、提供するところです。

大変便利かもしれません。でも、大変残念かもしれません。

 いまの日本の教育では、誰しもが、たいがい「同じようなこと」を言うホワイトカラーが増えてしまいました。この事情は、音楽の世界でも同じです。どんな人がやっても、「同じように聞こえる」インプロビゼーションが大量発生したのでした。

  

*-*-*

  

 「森の中のピアノ」は、人の助けを離れて、一人黙々とひたすらピアノに向かう、変な少女の物語です。

  

 先生がいない教室を「教育断食とたとえるなら、先生のいないピアノは、「断食奏法」といいます。自分の耳と手だけで見つけていく音楽です。

  

 誰もが疑問を持たないところにつまずくこともあるでしょう。だれもが当たり前に通る道を外れることもあるでしょう。でも、そんな時代が、一人一人の音楽の学びの中にあってもいいかもしれない。

いつか、誰もマネのできない音楽が生まれるかしら。。。

  

 

  

 誰と話しても同じことを話題にする「お友達」に、ちょっとだけ、

 

さようならして。

 

    いつまで?。。。内緒。

  

   ***By みお***

    ― September 3, 2010 ―

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Ⅲ―10「ブルース巡礼の旅」

2010/09/01 22:38

 

 

 

―10ブルーノートの起源part4

 

「ブルース巡礼の旅」

 

「ブルーカラー(肉体労働者層)とは、アメリカの労働者が仕事用に着た青いジーパンの色から来ているらしい。ちなみに、ホワイトカラー(事務系労働者層)は、ちょっとズル賢い?高給取りの白いワイシャツから来ているらしい。」

ふんふん。なんて、すぐ納得してしまう子は、将来、人にだまされるかもしれません。なんでも、自分の目と、耳と、手触りと、勘と、理屈で判断しないといけません。

 

ホワイトカラーの方が優れているというのは、ブルースを研究していくと、実は「真っ赤なウソ」かもしれないと気が付くかもしれません。

 

   どこが?

 

 

 

日本のホワイトカラーは、暑い夏でも寒い冬でも「営業」という「足で稼ぐ仕事」が多く、体力がないと勤まらないそうです。だから、ブルーの中からホワイトへと淘汰するのが本当のサバイバルかもしれない?

いいえ、ホワイトがブルーになるように鍛え上げないと生きていけない。。。

 

どっち?

 

***

そーゆーことはいいんです。音楽の素質は、生まれやカラーに関係ありません。

ブルース(Blues)は、そんな過酷で給料の安いブルーカラーの代表だった当時のアメリカ黒人奴隷が手当たり次第に楽器を手にしてやりだした。。。という。これも、実は嘘かもしれません。

 

自分たちのつらい(ブルーな)気持が発散するために、白人たちの「幸せを絵にかいたような」ポップミュージックではだめだったのでしょうか。

 

でも、アメリカンドリームの国。ブルーばかりでもいけない。明日の希望に向かって、明るく行こうという気持ちもあったことでしょう。今や、ブラックパワーは、オバマ大統領を生み出すほどの大きな力になっています。

 

彼らが好んだブルースは、そうした「ブルーな気持」と「くじけない明るさ」が同じくらいの釣り合いでミックスされた音楽でした。そのミックスされた暗さと明るさを兼ね備えているのが、ブルースの重要な三つの和音である「ブルース7thトリオ」です。

 

暗さと明るさを備えた三つの和音「ブルース7thトリオ」を、歴史的に解釈するとどうなるでしょう。

 

***

 

従来の教会旋法(ダイアトニックスケール)の短調は、自然短音階(a,b,c,d,e,f,g,a)「エオリアンモード」でした。

 

これが、ハイドン、バッハ、モーツアルト、シューベルト、ショパンなどのクラシックの時代になると、和声的短音階 (a,b,d,c,e,f,#g,a)が現れ、さらに旋律的短音階 (a,b,c,d,e,#f,#g,a)が発明されました。

 

 

 

それぞれの音階に対応する主要な三和音は、

 

自然短音階Am Dm Em

和声的短音階 Am, Dm, E7

旋律的短音階 Am,D7,E7

ブルーススケール A7,D7,E7

 

です。

 

Am Dm Emはマイナーコードで暗い響きです。

E7,D7は、メジャーコードに7thを加えた比較的明るいコードです。

一方、ブルースは、三つの和音が全て7thコードに置き換わり、A7,D7,E7となっています。

 

ブルースを理解するときは、暗い短調の性質をもつ音階(マイナーペンタトニックスケールa,c,d,e,g)に明るい三つの7thがあてがわれたとみると、その暗さと明るさのミックスされた雰囲気がよく説明できるでしょう。

 

ちなみに、この三つの和音のルートa,d,eは、ピタゴラスのρ3/2(完全五度)で連続する音程(d→a→e)で、強く結ばれています。

 

 

 

さて、ブルースの三つのコード「ブルース7thトリオ」は、従来の自然短音階では作れません。和声的短音階や旋律的短音階と同様、ピタゴラスの12音階の黒鍵を加えて初めて作れる和音であり、スケールです。その意味で、ブルースはクラシックの短音階から一つ時代を先取りした「新しい短音階」であると見ることができるでしょう。すなわち、短音階を抜きにして、ブルースは解釈できないし、生まれもしなかったのです。

 

ブルースの発展はジャズへと引き継がれていきました。

短音階の中心の音(Aブルースではa音)から始まる従来の長音階(Aイオニアンモード、Aミクソリディアンモードなど)の旋律が、ブルース7thトリオに重ねられていき、時代は新しいモダンジャズへと突入するのでした。

 

そこで、モダンジャズや新しいその後のピアニストたちは、ピタゴラスに反逆して現代音楽の平均律の迷路に入って行ったのでしょうか。

いいえ。さまざまな技法や調性は、ピタゴラスのρが織りなす万華鏡へ回帰していく長い「巡礼の旅」だったのです。

 

 

 

***By みお***

― September 1, 2010 ―

 

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Ⅲ-9「ブルーノートの起源Part3」

2010/08/28 13:32

 

 

Ⅲ-9「ブルーノートの起源Part3」

 

  ―ピタゴラスは死なない―

 

クラシックの世界とブルースやジャズの世界は、全く趣を異にすると誰しもが言います。

ジャズがフレーズの素材として良く用いるのは1900年代に開花したポピュラー音楽(映画音楽やヒットソングなど)です。よい旋律になっているものなら、民謡やシャンソン、ラテン音楽、なんでも素材になります。

しかし即興演奏家にとっての問題は、ジャズが基本にしているブルース音階をどのようにおもしろく、効果的に取り入れて、変形させるかということになります。ブルース音階とコードだけで、ブルースができますが、今日、ちまたに流れているジャズは、ブルースの基本骨格が使われるのは一部であったり、旋律の中に巧妙に紛れ込んだ形になっています。

また、クラシック音階にもブルース音階にも属さない音が混じっていたりします。(注.シャドトーン、これによって出来るコードをシャドウコード。)

 

どのように理解すると、明快にブルースやジャズを即興できるか、駆け出しのころは、見よう見まね、その場限りの「定型」や「変形」を覚えることに必死で、全体のカラクリが見えません。

 

厄介なのは、キーを変えて同じ曲を弾くという、「初歩的な段階」にはふさわしくない練習方法は、音階の本質を逆に見えにくくさせ、インプロビゼーションの発達を遅らせてしまうかもしれません。

 

重要なのはある一つの中心(調性)からみたフレーズの音程のもつ表情と、さまざまなコードのもつ響き(趣き)と役割です。

 

 一つの調性に精通すると、他の調性でのフレーズや複雑な和音の調性における位置や意味が、耳で判断できるようになります。

 

ピアノは、元は白い鍵盤だけの楽器でした。教会音楽の旋法(ダイアトニックスケール)では、黒い鍵盤が必要ありません。12音の平均律ができてから、移調が可能になり、転調や借用和音が発達しました。そして、ブルースのような、一見、従来の音程や和音を無視した黒鍵の混合、スケールの混合が現れて、事態は複雑になったかのようでした。

  

ブルーノートは、「3音、#4音、7音」です。

 

これは、ブルース発症当初、唸るような音?のように聞こえていたはずです。日本の演歌や歌謡曲でおなじみの尻上がりに本来の音に近づけていく歌い方に良く似ています。ブルースでは、上がりきらないまま降りてくることが多いのが特徴です。

 

 

一見、コードに乗っていない意味不明な「微妙な音」(ブルージィな音)と多くの人が思ってしまいます。

 

伴奏は、ピアノやギターなどのメジャー三和音の上に載せられていて、いつの間にか、セブンスコードに載せられることになります。

Cブルース」では、従来のダイアトニックスケール{0/ C(c,d,e,f,g,a,b)に、ブルーノート「e, #f, b」が、紛れ込んできます。ブルーノートは、ダイアトニックスケールの旋律に、ブルーススケール「c, e,  f, #f,  g, b, c」の旋律が絡み合うようにして使われます。

  

Cブルースのブルーススケールで使う特徴的な三つのコードは「C7, F7,G7」です。これを仮に、「ブルース7thトリオ」(Blues 7th trio)とでも名付けておくことにします。

 

ブルース7thトリオのうちC7,F7の二つのコードは、{0/ C}の調性に外れています。このことが、さまざまな誤解と迷信を作り出したのでした。

 

しかし、ブルースやジャズのブルース7thトリオやそれにもとづくインプロビゼーションは、音階の根源である「ピタゴラスの12音階」で説明できるのです。また、それで説明しなければ、大変厄介な「例外」と「憶測」と「除外」で説明することになってしまい、迷路にはまることになります。

 

0/ C}におけるC7,F7,G7をどのように考えると、ピタゴラス的に解釈されるでしょう。

 

ピタゴラス音階は実に明快です。ブルースの混沌としたナゾを解くのは、だれ?

「ブルースは何を隠そうピタゴラスそのものだったのでした。」

 

ギリシャが危ない。。。経済危機に呑みこまれ、崩壊寸前?

でも、「ピタゴラスは死なない。」

 

*** By みお ***

    ― August 28, 2010 ―

 

 

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Ⅲ―8 「ブルーノートの起源part2」

2010/08/24 15:39

 

 

Ⅲ―8 「ブルーノートの起源part2」

 

 

編曲や即興には、おおまかに2通りのアプローチ()()があるでしょう。

 

 

Ⅰ)元の旋律のスケールや和音進行を変えないやりかた。

 

  (1)装飾的な音を加えたり、

(2)それぞれの和音に適した他の音を、アルペジオ風ないし旋律的に加えたり、

(3)リズムを変えたりします。

 

また、音を加えるだけでなく、

(4)元の旋律の音の中から音を間引く(消去する)のは、複数の楽器によるセッションや、歌の伴奏でよく行われます。

 

そして、

Ⅱ)元のスケールや和音を変える、あるいは混ぜるやりかた。

 

(1)              元のスケールをから他のスケールに切り替えてしまう転調

(2)              他のスケールや和音を混ぜる

 

他のスケールや和音を使うには、

(a)                転調という完全なスケールの切り替え

(b)               一時的な他の和音の代替・借用

 

という考え方があります。

 

ちなみに、転調とは、曲の気持を切り替えて、他のスケールに一気に調性を変えてしまうことです。

また、和音の代替とは、同じスケール上で作られる他の和音を本来の和音の代わりに使うことで、借用は他のスケールの和音を一時的に用いることです。

 

*-*-*

 

転調と借用の違いは、なんでしょう。

同じ曲でも意見が分かれたりします。

 

近代音楽において、転調や借用が比較的頻繁に行われるようになって、この定義におさまらない事例が数多く見受けられるようになりました。

そうした疑問が宙に浮いた状態で、突如現れたのがブルースでした。世界は大混乱とともに、その不思議な魅力に呑みこまれていったのでした。

ブルースは、全く新しい「スケールの混合」を可能にしたのです。

 

ブルース音階をピタゴラスの音階からみると、どのように理解できるでしょう。音階が生まれた起源へ遡ることによって、ブルースが本来のもつ美しさと、未来の音楽に与えた可能性が見えてくるようです。

 

 

 *** By みお ***

  Aug. 24, 2010

 

 

― The origin of blue notes: Part 2 ―

 

Two general ways of approach()(Ⅱ) may be possible in understanding arrangement or ad lib.

Ⅰ)On the basis of original melody scale and chord progression by

      1) adding grace notes,

      2) arpeggiating or melodizing other notes suitable to respective chord,  

      3) changing rhythm.

or if possible, without adding other notes,

      4) deletion of some notes from original melody is often useful in session or backing.

 

) changing or mixing of other scale or chords

      1) modulation in which original scale is shift to another one,

      2) mixing other scales and chords

 

   When we use other scales or chords, two concepts are popular:

          a)modulation to shift completely to another scale

          b)temporally substituted or borrowed chords from other scales

 

   In fact, modulation is to change tonality by shifting to another scale to change a total mood.

 And substituted chords are made on the original scale and used instead of original

chords, while borrowed chord are from other different scales. The difference between

modulation and borrowing is divisive for musician even in the same song.

 In modern music, modulation and borrowing are frequently applied and many cases

hard be explained by the concept of modulation or borrowing appeared.

 

   With that problem unsolved, blues blazed onto the music scene.

 People in the world were astonished and fell under the spell of mysterious blues.

 Blues made it possible to mix scales in a whole new style. How could we understand

the blues scale from the view point of Pythagorean scale?

 We might see the unique beauty of blues which has given a potential to new music

when we look back on the origin of the scale.

 

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